ペガサスクラブを作った渥美俊一氏ご存知でしょうか?
1962年に設立されたペガサスクラブの初期の主なメンバーは、
ダイエーの中内功氏、イトーヨーカ堂の伊藤雅俊氏、
ジャスコ(現イオン)の岡田卓也氏、マイカルの西端行雄氏・岡本常男氏、
ヨークベニマルの大高善兵衛氏、ユニーの西川俊男氏、
イズミヤの和田満治氏など30代の若手経営者が中心でした。
その後、会員企業数は急速に伸び、1969年には1,000社を超えました。
ペガサスクラブを設立した、
渥美 俊一(あつみ しゅんいち、1926年ー2010年)氏は、
元々は読売新聞社の経営技術担当記者でした。
経営の経験は全くありませんでしたが、
渥美氏は、メンバーの経営者を率いて毎年アメリカ視察を行うなど、
アメリカからスーパーマーケットの
大規模、多店舗化のノウハウである、チェーンストアー理論を持ち込み、
流通革命・流通近代化の理論的指導者として、
草創期にあった戦後日本を代表する多くのチェーンストア企業を指導しました。
この事例から、いかに
「知識の力は偉大」
かがわかります。
イトーヨーカ堂、ジャスコ(イオン)、西友、イズミヤ、
ライフコーポレーション、マルエツ、島忠、
キタムラ、すかいらーく、吉野家、ジョナサン、
ダスキン、ニトリなどなど、
実にチェーン大手筋の8割以上の企業がこのクラブに加入しているからです。
しかも今現在、大手と呼ばれている企業グループの多くは、
ペガサスクラブに入った時は、まだ中小規模でした。
ただその時から、チェーンづくりの原則を学んでいたから、
困難に直面しても進路を誤らずに進化し続けられたのです。